移転2周年に寄せて

ママノワが南千里の自宅から豊津駅前に移転して丸2年が経ちました。
昨年は1周年記念イベントを企画してにぎやかな3日間を過ごしたけど、
今年はイベントも企画せず、一人静かに今この文章を書いています。

昨年を振り返ると、イベント数日前に横浜に母を迎えに行き大阪へ。
施設は契約前だったので1週間限定で近所の特別養護老人ホームのショートステイにお世話になりました。
1周年イベント初日は施設の契約日。
イベント終了後、大急ぎで片づけを済ませて
実印を持って施設へ車を飛ばしたのでした。
あのときの母はまだトイレまで手引きで連れて行って
なんとか座らせてた状態。
その後どんどん症状が悪化し
手引きで歩くことができなくなり
ベッドでオムツ交換する形へ。
声かけにもほとんど応じることなく
食事もとらず
もはや意識もほとんどない。
往診の先生からは「胃ろうして延命措置をしていくか家族で話し合ってください」と言われる状態。
ただこの悪化の仕方がどうしても祖母のアルツハイマー病の時とは違っていたので
大きな病院へ連れて行くと「正常圧水頭症」の診断。
手術すれば改善する!と期待するも、その病院では手術してもよくなる見込みがあまりないということで手術はできないと言われてしまい、絶望的な気持ちになったけど、どうしてもこのまま終わりたくないというエネルギーが再び湧いてきて
セカンドオピニオン外来を受診、その病院の先生が奇跡的に手術をしてくれて
お名前は?の問いにフルネームを言えて、手引きで数メートル歩くところまで一旦は回復。
その後院内でコロナになってリハビリが中断したり面会禁止になったりで
再び寝たきりに近い状態へ。
退院後なんとか少しでも刺激をという想いから
なるべく面会に行ってアロマスプレーで部屋を芳香して話しかけたり足を撫でたり、
デイサービスに連れて行ってもらったり訪問鍼灸師さんにきてもらったり、など
できる限りのことをしています。
その甲斐あってか、起きているときは会話のキャッチボールも少しだけできるし、
自力でごはんも食べれるようになってきました。
記憶障害は改善に至らず(アルツハイマーも併発してるみたい)
デイに行ってることも、ごはん食べたことも、私が来たことも全く覚えてなくて、、
もうそのへんはどうでもいいのだけど、
オムツを買って運び入れるたびに
「これはいつまで続くんだろう・・」みたいな気持ちになります。
「子育て」と似てるようで違う「介護」。
子育ての時も「ママ」の元気が一番大切という想いでママノワを始めたのだけど
介護も本当に自分を大切に癒しておかないと大変なことになると実感しています。
そして当事者にならないと知ることもなかった介護の現場。
社会的な危機的状況に何とも言えない複雑な気持ちです。

ママノワ豊津二年目は介護とサロンの両立で
正直苦しい時間の方が多かったかもしれません。
でも、託児スタッフさんはじめ、家族、友人、ママノワと繋がってくださっている皆さんの存在が
私をここまで支えてくれました。みなさんがいなかったらもうとっくに倒れてます。
本当にありがとうございます。

介護は終わってないし
今年は初めての受験生の母。
さらに今年9月には50歳になり
来年5月にはママノワ10周年。

いろんな意味で特別な
ママノワ豊津3年目のスタートです。

最近は「自分の好き」を表現する場として
ママノワを選んでくださる方が増えました。
ママノワのワは
「和」「輪」「笑」

名前の由来☆ | アロマでカラダとココロをととのえて やわらかな笑顔と心地よい暮らしを《無料託児つき》アロマケアルームママノワ@大阪吹田(南千里)
↑ 10年前のブログです(笑)
こんなにも見事に叶ってるなんて
10年前は夢にも思ってなかったでしょう。

時代も変わり私自身も年齢を重ねて
少しずつママノワの在り方も変わりつつあります。
変化することに少しの不安と寂しさも抱きつつ
でもまだ見ぬ景色を楽しみにして。

2025.6.5

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